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第66回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門 アムネスティ国際映画賞受賞
この過酷な現実にどう向き合うのか   。少女たちの心の叫びに、いま世界は涙する。
わたしの罪状? 生まれてきたこと。
わたしの夢? 死ぬこと。
高い塀に囲まれたイランの少女更生施設。無邪気に雪合戦に興じる、あどけない少女たちの表情を見ていると、ここが厳重な管理下におかれた更生施設であることを忘れてしまいそうになる。
ここには強盗、殺人、薬物、売春といった罪で捕らえられた少女たちが収容されている。社会と断絶された空間で、瑞々しく無邪気な表情をみせる少女たち。貧困や虐待といった過酷な境遇を生き抜いた仲間として、少女たちの間に流れる空気は優しく、あたたかい。しかし、ふとした瞬間に少女たちの瞳から涙が溢れ出す。自分の犯した罪と、それに至った自分の人生の哀しみを思う時に。
家族に裏切られ、社会に絶望してもなお、家族の愛を求め、社会で生きていかざるを得ない少女たち。レバノンのスラム街の少年を描いて話題となった『存在のない子供たち』(08)同様、「見えない存在(インビジブルピープル)」として、疎外されてきた彼女たちの心の嗚咽が問いかける。少女たちの罪の深さと、人間の罪深さとを   
この施設には“痛み”が充満し、壁から溢れ出ている   
そう、わたしたちは愛情を知らず、ゴミの中で生きている。
撮影許可に7年もの歳月をかけ、少女たちの抑圧された物語に光をあてたのは、イランを代表するドキュメンタリー作家のメヘルダード・オスコウイ。少女たちとの強固な信頼関係と親密な時間から生まれた崇高なドキュメンタリーが、公開となる。
やがて少女たちが施設に入ることになった背景が解き明かされていくにつれて、彼女たちが抱える、形容を絶する、耐え難いような不幸の連鎖に、見る者は否応なく向き合うことになるのである。父親のむごい虐待に耐えかねて、父親を殺してしまった少女。叔父の性的虐待からのがれて、家出をし、生きるために犯罪を繰り返す少女。幼くして母となり、その夫に強要され、ドラッグの売人となった少女…。心身ともに深く傷ついた彼女たちにとっては、義父や叔父による性的虐待にさいなまれ、あるいはクスリよって崩壊した家庭は、もはや安息の場所ではありえない。ストリートにも家にも自らの居場所がない彼女たちにとってこの施設は、皮肉にも、“痛み”という共通の体験によって深く結ばれた一種の運命共同体、最後の魂のアジール(避難所)に他ならない。
その<避難所>でキャメラは、一人一人の少女たちの繊細な内面に深く分け入り、本源的な“痛み”そのものを深い共感をこめて描き出す。わたしたち見る者を、彼女たちの人生に寄り添わすかのように   
ハーテレ
叔父による性的虐待がきっかけで家出をし、浮浪罪で収容された少女。入所してきた当初は生きる希望をなくし、うつ病もあったことで乏しかった表情が、他の少女たちと接するうちに明るい自我を取り戻してゆく。
監督「君の夢は?」
ハーテレ「死ぬこと」
監督「まだ若いのになぜ?」
ハーテレ「疲れたの」
監督「何に?」
ハーテレ「生きること」
名なし(シャガイエ)
強盗、売春、薬物使用で収容された。叔父からの性的虐待を受けた過去がある。明るく強い意思表示をする活発な少女だが、社会の中で生きていけないであろう不安を抱え続けている。
監督「君はいい子?」
名なし「昔はそうだった。本当は不良みたいに振る舞ってるだけ」
監督「僕に16歳の娘がいると君に伝えたら、悲しそうにしたね」
名なし「聞きたくなかった。私はゴミの中で育てられ、その子は愛情を注がれてる」
ガザール
雪の中、一人で雪だるまを作っていた少女。15歳の時に産んだ我が子を想い、他の少女の子どもを抱き上げた際に涙があふれ出した。
監督「君に子供が?」
ガザール「ええ。もう2歳になるわ」
監督「指に手術をしたような痕があるね」
ガザール「自傷したの。結婚してすぐに、クスリを渡され売人をやれと強要されたの。つらい人生よ」
監督「娘には会った?」
ガザール「7か月前に」
アヴァ
刑務所にいる兄弟が死刑を宣告されたアヴァは、母に振るった暴力と、母が望むような娘になれていない自分への罪の意識にさいなまれている。
監督「アヴァ、ここ数日落ち込んでいるの?」
アヴァ「母と離れているから。私はいい娘じゃなかった。暴力をふるって母を苦しめてしまったの。母は涙を流して私をののしった。私が更生するなら、命も惜しくないって。母が望むような娘にはなれなかった」
651
アヴァの話を上のベッドで聞きながら泣いていた。薬物を買うお金をくれなかったときに母を殴ったことを後悔している。
651「クスリを買うお金がどうしても必要だったの。“お金をよこせ”と言っても、母には“ない”と言われた。“あるでしょ”と言っても、どうしてもくれないから母を殴ったの」
監督「“651”の名前の由来は?」
651「所持していたクスリのグラム数よ」
ソマイエ
母と姉とともに、父親を殺害した罪で収容された。物静かだが自身の言葉をしっかり持っており、他の少女たちをさりげなく支えている場面が多い。
監督「ソマイエはなぜここに?」
ソマイエ「父を殺した」
監督「何があったの?」
ソマイエ「父を殺すことはみんなで決めた」
監督「ここは“痛み”だらけだね」
ソマイエ「四方の壁から染み出るほどよ。もうこれ以上の苦痛は入りきらない。ここのみんなは同じような経験をしてる。だから一緒に過ごせるの。娘に売春させたお金で、クスリを買うような男が私たちの父親なの。全員よく知ってる。お互いの痛みを理解しあってるわ」
フェレシュテ
釈放が決定しても喜びの表情を見せなかった。父への恐れが頭によぎり、そのことを職員に訴えるも「手続きにサインして部屋を出たら、施設から出てもらう。その後は家族とも1人で向き合うしかない」と一蹴される。
監督「フェレシュテ、釈放おめでとう」
フェレシュテ「“お悔やみを”よ」
監督「どうして?」
フェレシュテ「ひどい家族だから」
監督「家に帰って歓迎してもらえそう?」
フェレシュテ「歓迎ですって?。私のことを鎖でぶって歓迎するでしょうね。すてきでしょ。頑張ってね。みんなもすぐに出られるわ」
マスーメ
兄弟姉妹と強盗をして収容された。歌が得意なムードメーカー。離れて暮らす恋人・ハサンへの想いを赤裸々に語り、いつも陽気に振る舞っているが、母への複雑な愛憎を抱えている。
マスーメ「母は兄が大事なの。兄は犯罪者で薬物依存症よ。刑務所にいるけど、母は兄が好き。11人兄弟のうち、兄が一番」
名なし「あなたは?」
マスーメ「誰も愛してくれない」
名なし「子供を産みたい?」
マスーメ「泥棒の子は泥棒になる」
名なし「なぜお母さんの悪口を言うの?」
マスーメ「娘を愛さない、ひどい母よ」
名なし「抱きしめてくれた?」
マスーメ「いいえ、でも母を愛してる」
少女たちの物語は、
イランだけではなく世界中で起こっている
1969年、テヘラン生まれ。映画監督・プロデューサー・写真家・研究者。「テヘラン・ユニバーシティ・オブ・アーツ」で映画の演出を学ぶ。これまで制作した25本の作品は国内外の多数の映画祭で高く評価され、イランのドキュメンタリー監督としてもっとも重要な人物の1人とされている。2010年にはその功績が認められ、オランダのプリンス・クラウス賞を受賞している。イラン各地の映画学校で教鞭を執り、Teheran Arts and Culture Association(テヘラン芸術文化協会)でも精力的に活動している。2013年にフランスで公開された『The Last Days of Winter』(11)は、批評家や観客から高く評価されている。
撮影許可が下りるまで7年
重要なことは信頼関係を維持し続けること
Q:この作品の完成までには2つのハードルがあったかと思います。少女専用の施設への撮影許可を得ることと、少女たちとの絆を作ることです。少女たちはあなたの存在は受け入れてくれましたか?
本作の撮影許可が下りるまでのリサーチは7年に及びました。3ヵ月間の出入りを許可されましたが、撮影は20日間ちょっとで終わりました。
重要なことは信頼関係でした。政府機関との信頼関係、そして少女たちとの信頼関係です。施設と、それを統括する母体である国家刑務所機構からは、過去の2作品によって信頼されていました。イランのテレビでは放映しないこと、映画祭、大学、文化施設での上映に限るということを約束しました。彼らは私がどのような映画を作りたいかわかっていましたし、私が政治的な抗議活動にそこまで興味を持っていないことも知っていました。
今イランに来れば、映画に映っていることがイランの現状だとわかります。誰かの面子を立てようなどと思っていません。どういう形でも、自分と、自分の映画を観てくれる観客にウソをついてはいけない。当然のことながら、施設にいる子どもたちがすばらしい人生を送っているとは言えません。しかし、施設が彼女たちにとっての救いになっているとも思うんです。完成できて本当によかったです。この映画は施設にとっても職員にとっても、そして声を出すことのできなかった子どもたちにとっても、良い意味で大きく影響するでしょう。
彼女たちがカメラの前で居心地が悪そうだと感じたら、撮影は中断していた
感情が揺さぶられ続けた撮影の日々
Q:子どもたちとの関係性について教えてください。
少女たちのほとんどが、過去に男性と何らかの問題があった10代の子どもたちです。トラウマになるような性体験を持ち、男性によって傷つけられています。信頼関係を築き、親密になるために、私は自分のことを「おじさん(Amoo/父方のおじ)」という自己紹介をしたのですが、効果はありませんでした。なぜなら、「おじさん」に虐待を受けているケースがほとんどだったからです。ですから、「おじさん(Daei/母方のおじ)」と呼ぶことにしたら、うまくいきました。最終的に、クルーも同じようなアプローチで、友好的で家族的な環境を作ったのです。私については、私の家族について、私の娘についても知ってもらいました。私の過去の2作も観てもらいました。彼女たちがカメラの前で居心地が悪そうだと感じたら、撮影は中断していたでしょうが、私がオープンで、誠意を持っていることを、最初の数日間で感じてもらえたと思います。
Q:このような作品の撮影はやはり精神的に辛いものでしたか?
もちろんです! 撮影した全てのシーンを映画に盛り込めるわけではありません。中には、ものすごく感情が揺さぶられたひどい話もありました。私は繊細な人間で、精神的なプレッシャーが体にも影響します。この制作では、いつも早く起きて、7時には撮影を始めていました。少女たちに自分の感情を見せまいと、一日中気を張っていました。夜になって撮影を終えると、制作アシスタントがタクシーを呼んでくれるのですが、運転手には私に話しかけないように、音楽をかけないようにと頼んでくれます。私は後部座席の端っこに身を沈め、家に戻るとシャワーを浴びて、そこで泣くんです。妻と娘は理解してくれていました。シャワーを浴びたらすぐに、毛布の下に潜り込む日々でした。
フレデリック・ワイズマンのワークショップで学んだこと
限定した場所だからこその物語の拡がり
Q:映画の中で、少女の一人が「私の家族を撮影したらいいのに」と言いますね。その方向性は考えたことはありますか?
かつてフレデリック・ワイズマンが「あなたの映画はなぜあんなにすばらしいのか」とたずねられたとき、こう答えたんです。「物語の地理的要素は最小限に抑えている」と。宇宙の、大きな摂理はとても小さな空間に見つけることができます。ただ深く洞察していけばいい。実際、ワイズマンの作品と、アムステルダムで何年も前に参加した彼のワークショップは、私の映画制作に多大な影響を与えてくれました。
施設の外に出て撮影する必要があると感じたら、少女の物語に何か欠けているということです。私は、欠けているものは何もないと思っていました。この作品では、建物の周りのフェンスを通してでしか、外の世界を見ることができません。しかしそれですら解放感をとらえているわけではない。施設は、少女たちにとって、その時点では完璧な世界なんです。ほとんどの子が、施設にいたほうが幸せで、安心しています。皆と一緒にいますしね。その空間の外は、危険に取り囲まれている。自分たちの家族ですらそうです。私は、施設から出ることを、ある種の拘留の始まりのように表現しようとしました。
声なき人の声になろう
世界の人々も共有できる、イランの普遍的な物語を
Q:昨今イランだけでなく世界中の映画を観る人たちの中で、ドキュメンタリーへの関心が増しているように思います。
「イランには車がありますか? 皆ラクダに乗っているんですよね?」なんて質問を、未だにされるんですよ(笑)。その段階からどうやって教育して、情報を与えていかなければならないか、想像してみてください。この時代、一方的に話をするのではなく、グローバルに、文化的な対話をするようになるべきです。世界のイラン人に対するイメージは非常に類型的ですが、私たち自身が、自分たちのイメージを正しく映し出していく必要があると思うんです。ドキュメンタリストに、より多くの機会を与えれば、大きな助けになるでしょうね。逆説的ですが、イランの物語の多くは普遍的だと思うんです。世界はそのことをまだ知りません。知ってもらえれば、私たちはもっと仲良くなれます。残念なことですが、たとえば性的虐待は世界中で起こっています。この作品に登場した少女たちはたまたまイランにいただけですが、イランだけで起きていることではないのです。
監督:メヘルダード・オスコウイ
製作:オスコウイ・フィルム・プロダクション
(2016/イラン/ペルシア語/76分/カラー/DCP/16:9 / Dolby 5.1ch/ドキュメンタリー)
原題:Royahaye Dame Sobh/英題:Starless Dreams
配給:ノンデライコ/宣伝:テレザ、リガード/宣伝美術:成瀬慧/予告編制作:遠山慎二/HP制作:岸野統隆

配給 ノンデライコ(大澤)
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